Thursday, 25 September 2014

南海トラフ大地震・浜岡原発・定住先

浜岡原子力発電所は、現在運転停止中の原子力発電所だ。将来、再稼動される可能性もあり、また燃料が発電所に保管されている可能性もある。そんな浜岡原発は、静岡県御前崎市にある。

静岡県御前崎市は、内閣府が南海トラフ大地震の際に「津波避難対策特別強化地域指定市町村」に指定している(ここを参照)。どういうことかというと、御前崎市は、「陸上において津波により30cm以上の浸水が地震発生から30分以内に生じる地域」であるとされているのだ(ここを参照)。さらにまた、御前崎市は「防災対策推進地域指定市町村」にも指定されている。こちらによれば、御前崎市は「震度6弱以上」の揺れが来ることが予想され、「大津波(3m以上)が予想され」るが「この水位よりも高い海岸堤防がない地域」だということになっている。

浜岡原発が果たして震度6弱以上の揺れと3m以上の津波を受けても事故を起こさないのかどうか、専門家ではない私にはわからない。少なくとも、福島第一原発の十年後に3号機は着工されており、4号機と5号機はさらにその後での着工なので、耐震性などは福島よりも浜岡が勝る可能性は高い。それ以上のことはいえないが、100%安心とは言い難い。何よりも不安なのは、津波が来たときに、現場の作業員は現場に残って冷静に作業をすることができるのかという点。とっさの事態に作業員が対応できなければ、事故に至る可能性は高い。対応できれば、事故は回避できるだろう。

事故が起きるか起きないかを事前に判断できず、しかし起きる可能性が極端に低いわけではないと思えるときは、「事故は起きる」という前提で考えるのが良い気がする。もし事故が起きた場合、被害はどのくらいになるのか。原発事故の可能性と並んで、被ばくによる人体への影響も、科学的に不透明な部分が大きい。

長い目でみると、やはりこうした大地震が来ることがわかっていながら、日本で、特に太平洋側で家族を育てることは、なかなかやりにくい。ただでさえ、南海トラフ大地震の想定される被害は大きい。内閣府は、「33万2千人」の死者を「8割減」、「250万棟」の全壊棟数を「5割減」することを、10年後までの「減災目標」として掲げている(ここを参照)。つまり、どんなに減災がうまくいっても、死者6万人、125万棟全壊という事態は十分考えられるということだ。ちなみに、東日本大震災の場合は、死者・行方不明者数1万8千人以上、全壊・半壊棟数40万棟以上となっている(2014年9月11日付けの警察庁広報資料より)。これを大きく上回る被害が、南海トラフ地震では想定されているわけだ。

地震や津波、原発事故などは、実際に起きてみないとその被害の凄まじさを実感することができない。そして、実感ができない被害に対しては、特に対策をとらないのが、人間の心理だろう。しかし、こうした資料を読むと、南海トラフ地震が起きたときに、一体どうなるのか、具体的に想像をすることができる。自分の住んでいる家が全壊あるいは半壊し、それによって家族の一部または全員が重傷を負ったり死亡したりする可能性がある。原発事故によって水や食料、大気の放射能汚染が起こり、それの影響を自分の子どもたちが受ける可能性もある。また、こうした一時の災難が過ぎ去ったあとは、深いトラウマと貧困状態に耐える一方、復興の作業を他方では開始しなければならなくなる。こうしたことを考えてみると、日本の、特に太平洋側の地域で家族を養うという選択は、あまり褒められたものではないと思えてしまう。

もちろん、他の地域や国に定住しても、あらゆるリスクを回避できるわけではない。しかし、少なくとも、今回想定されている南海トラフ地震の規模の被害は十分回避できる。黒か白かで考えるよりも、より被害の少ない場所を選んで定住するのが賢明だと思う。どうせ苦労するならば、なるべく苦労の少ない道を選びたい。

Good Documentary on Ancient and Modern Technology in Japan

What the Ancients Knew - Japan




Saturday, 20 September 2014

出発点の問題

明日から数日間、お休みだ。じっくり読書をして考える時間にしたい。散歩や音楽もしたいと思う。今夜は久しぶりに蚊取り線香を焚いた。外からの風が冷たい。これから、温かい飲み物がおいしい季節になる。

哲学は、他の学問と違って、ある原理を前提とすることができない―こうヘーゲルは書いた。そして、哲学の基礎である「論理学」においては、「前提なき出発点」から思考を開始する必要があるのだ、ともかれは書いた。

しかし、「前提なき出発点」などというものは本当にあるのだろうか。一つは、「前提なき出発点」それ自体がありえるのかという問題。二つ目は、仮にそのような出発点があったとしても、そこにたどり着くまでに何かを前提としなければならないのではないか、という問題。

一つ目の問題は、容易にクリアできると思う。まず、前提なき出発点は、あらゆる前提を否定している。しかし、この否定が前提となっているので、その意味では「前提なき」とはいえないだろう、という反論はありえる。これは、ヘーゲルも折り込み済みの反論で、これに対してかれは、そうした否定自体もまた否定すればよい、と答えている。つまり、否定したということ自体をまた否定すれば、純粋な出発点だけが残る、というわけだ。

二つ目の問題の方は非常に難しい。たしかに、前提を取り払う作業においては、なんらかの原理が常に仮定されている。例えば、「私」は出発点にはならない、という議論を考えてみる。すべてのものごとは「私」の内部で起きている。そのため、「私」は絶対的な存在であるかのように思える。しかし、「私」が存在するためには、同時に「私ではないもの」が存在している必要がある。というのも、「私でないもの」が存在しない状態においては、「私」はもはや「私」としては存在できず、ただ抽象的な「有」でしかないからだ。そのため、「有」ではなく「私」が出発点となるならば、後者と「私でないもの」との間にすでになんらかの区別がされている必要がある。しかし、こうした区別が仮にあるのだとすれば、「私」はもはや絶対的な存在ではなく、より根本的な存在のもつ片割れであるにすぎない。そのため、「私」は絶対的な出発点とはなりえない。

同様の議論は、「私」に限らず、その他ありとあらゆる思考形式に対して使うことができる。例えば、タレスの「水」であっても、エピキュロスの「原子」にしても、それはすでに何らかの区別を前提とし、その区別の片一方を理由もなく出発点にしているだけなので、絶対的な出発点とはなりえない。

さて、こうした議論は、例えば「区別」という思考形式、あるいは「モーダスポネンス」という思考形式を前提としている。 こうした思考形式を前提としてしまってよいのだろうか。これは難しい問いだ。一目には、「こうした前提があるならば、「前提なき出発点」へ到達するのも不可能だろう」と言いたくなってしまう。しかし、他方では、「前提なき出発点」へと到達するまでの道のりは、その出発点の本性には影響を与えないから、こうした前提は問題にならない、と反論することもできそうだ。これは、もう少しじっくり考えて整理するべき問いだと思う。

Wednesday, 17 September 2014

引越しと家庭

友人の引越しの手伝いをした。手伝いの予定は入っていたが、それをすっかり忘れており、早朝に電話をもらって初めて思い出した。あわてて準備をし、友人のところへ向かった。そして、大型トラックに荷物を積み込んでゆく。良い運動になったが、猫の毛もたくさん吸い込んだ気がする。身体に猫の匂いがしみこんだ気がしたので、いったん帰宅し、シャワーを浴びてから仕事へ向かった。

さらに、先日は別の友人の家にお邪魔したが、この家が素敵だった。床は100%天然木で、天井は高め。壁はシンプルな白で、部屋の取り方もシンプルで広々としていた。家具の全て天然木。二階にはテラスがあり、数人で座ってバーベキューができるようになっていた。実際、その日はバーベキューをした。肉や魚や野菜を友人が焼いてくれた。子どもたちも一緒に食べた。家の第一印象があまりにも美しくて、それだけでもう自分は満足だったが、その家に住む友人やかれの家族はそれ以上に素敵だった。「素敵」としか言いようが無い、そんな家族だった。

自分の住まいや、仕事や、子どもたちに対して、友人とかれの妻とは、共にある種の余裕を持っていた。この余裕があるかないかは大きいと思う。細かいことをかれらは見過ごすことができるし、なんというか、子どもたちを包む雰囲気を持続させることができる。また、双方に、支えられつつ、実は相手のことも支えている。深い信頼があるのだろう。そして、お互い、深い悲しみを過去に経験しており、それを自力で乗り越えてもいる。つまり、深いところで自立している。

こういう家庭に、自分はこれまで何回か出会ったことがあるが、ここまで自分の年齢と近い人がそういう家庭の中にいるところを見るのは初めてだった。

今日は床を久しぶりに水拭きし、洗濯もし、食器も洗った。明日は久しぶりにまた本を読む余裕がありそうだ。また別の友人が、国際的な映画祭で今年もまた作品を発表した。かれの作風は去年よりも格段にくっきりしたように思う。かれは、映画祭の取材への返答の中で、ヘーゲルを引用していた。「無知な愛は、憎しみよりも有害である」というくだりだ。自分も背筋を伸ばさねば、と思った。

Saturday, 13 September 2014

ノラ・ジョーンズの5分




朝、ノラ・ジョーンズの「Sunrise」を聴いた。5分もない曲だ。この5分によって、一日の残りが染められた。

Saturday, 6 September 2014

Quotes from Letter to D: A Love Story.

From Letter to D: a Love Story by Andre Gorz, translated by Julie Rose.

At the end of the day, only one thing was essential to me: to be with you. I can't imagine continuing to write, if you no longer are. You are the essential without which all the rest, no matter how important it seems to me when you're there, loses its meaning and its importance. (102-3)

Love is the mutual fascination of two individuals based precisely on what is least definable about them, least socialisable, most resistant to the roles and images of themselves that society imposes on them. We could share almost everything because we had almost nothing to start with. (25)

You were the first woman I was able to love body and soul, to feel deeply connected to. You were my first true love, to put it simply. If I wasn't capable of loving you for good, I'd never love anyone. I found words I'd never known how to say; words to tell you that I wanted us to be together for as long as we lived. (29)

Over the next three months, we thought about getting married. I had objections of principle, ideological objections. I held marriage to be a bourgeois institution; I thought it was a legal formality, one which socially tamed a relationship that, precisely because it was based on love, bound two people through what was the least social thing about them. The legal tie had a tendency, and even the express mission, to take on a life of its own, independent of the experience and feelings of the couple involved. I also said: 'Who's to say that in ten or twenty years time our lifelong pact will correspond with what we want in terms of who we've become?'
     Your reply was unanswerable: 'If you join with someone for life in marriage, you share your lives together and you refrain from doing what might divide or damage your marriage. Building your life together as a couple is your common project and you never finish reinforcing it, adapting it, reshaping it to fit changing situations. We will be what we do together.' (21-2)

At night I sometimes see a figure of a man, on an empty road in a deserted landscape, walking behind a hearse. I am that man. It's you the hearse is taking away. I don't want to be there for your cremation; I don't want to be given an urn with your ashes in it. I hear the voice of Kathleen Ferrier singing, 'Die Welt ist leer, Ich will nicht leben mehr' and I wake up. I check your breathing, my hand brushes over you. Neither of us wants to outlive the other. We'd often said to ourselves that if, by some miracle, we were to have a second life, we'd like to spend it together. (106)

I feel an immense sympathy with Gorz and I agree with everything he says and expresses in these passages. But what would Gorz have done if his worst nightmare were to become a reality?