Wednesday, 17 September 2014

引越しと家庭

友人の引越しの手伝いをした。手伝いの予定は入っていたが、それをすっかり忘れており、早朝に電話をもらって初めて思い出した。あわてて準備をし、友人のところへ向かった。そして、大型トラックに荷物を積み込んでゆく。良い運動になったが、猫の毛もたくさん吸い込んだ気がする。身体に猫の匂いがしみこんだ気がしたので、いったん帰宅し、シャワーを浴びてから仕事へ向かった。

さらに、先日は別の友人の家にお邪魔したが、この家が素敵だった。床は100%天然木で、天井は高め。壁はシンプルな白で、部屋の取り方もシンプルで広々としていた。家具の全て天然木。二階にはテラスがあり、数人で座ってバーベキューができるようになっていた。実際、その日はバーベキューをした。肉や魚や野菜を友人が焼いてくれた。子どもたちも一緒に食べた。家の第一印象があまりにも美しくて、それだけでもう自分は満足だったが、その家に住む友人やかれの家族はそれ以上に素敵だった。「素敵」としか言いようが無い、そんな家族だった。

自分の住まいや、仕事や、子どもたちに対して、友人とかれの妻とは、共にある種の余裕を持っていた。この余裕があるかないかは大きいと思う。細かいことをかれらは見過ごすことができるし、なんというか、子どもたちを包む雰囲気を持続させることができる。また、双方に、支えられつつ、実は相手のことも支えている。深い信頼があるのだろう。そして、お互い、深い悲しみを過去に経験しており、それを自力で乗り越えてもいる。つまり、深いところで自立している。

こういう家庭に、自分はこれまで何回か出会ったことがあるが、ここまで自分の年齢と近い人がそういう家庭の中にいるところを見るのは初めてだった。

今日は床を久しぶりに水拭きし、洗濯もし、食器も洗った。明日は久しぶりにまた本を読む余裕がありそうだ。また別の友人が、国際的な映画祭で今年もまた作品を発表した。かれの作風は去年よりも格段にくっきりしたように思う。かれは、映画祭の取材への返答の中で、ヘーゲルを引用していた。「無知な愛は、憎しみよりも有害である」というくだりだ。自分も背筋を伸ばさねば、と思った。