Monday, 17 December 2012

原爆詩を読む


『原爆詩一八一人集』の中から抜粋します。ヒロシマ・ナガサキの後に書かれた作品ですが、フクシマの後に新しい意味を帯びて立ち上がってきます。詩には、千言万語を費やしても語れないように思われる感情が一つか二つの凝縮されたイメージとなって提示されています。詩の言葉は、日常や政治などで使われている言葉と、字面は同じでも内容が全く違います。




『祈り』 朝倉宏哉

祈りとは
ほんとうに通じるものだろうか

人間は地球上に出現したときから
祈ってきた
いつの時代でも朝に夕に
こころを込めて祈りつづけてきた
―平穏に暮らすこと
―平和であること

ささやかな祈りは
大星雲のようにはげしく燃えさかり
恐ろしい原子爆弾や水素爆弾を
とっくに消滅させていなければ
ならないのに

一九四五年夏の広島・長崎の光景は
天変地異ではない
人間の手による地獄図だった
人間に対する黙示録だった

だから
祈り願い誓わずにはいられないのだ
―安らかに眠ってください
過ちは繰り返しませぬから

だのに
今 ますます増殖している原水爆の不安
過ちは今日明日にでも起きそうではないか
地球は小さい
人間は繋がっている
絶体絶命の崖に立つ二十一世紀の人間よ
まず 手を浄めよ
その手を胸に当てて深く思惟せよ

そして
生きとし生けるものすべての願いが
人間に通じ
人間によって叶えるために
最後の祈りを祈り直せよ



『爪の先まで』 草野信子

爪の先まで愛している、と
若い女のひとが言って
その場はにわかに華やいだ

あのひとのすべて、と
あまやかにつけくわえたから

ヒロシマの資料館には
げた 弁当箱 夏のシャツ とともに
爪 が展示されていた

母親が剥いで
手のひらで抱いた爪

爪の先まで、ではなく
爪 を愛するしかなかった

恋することも知らないまま
死んでしまった少年

<爪> と表示されていたので
爪、とわかったものだった



『声』 山佐木進

日本列島の脇腹には
深く鋭い火傷の跡がある
広島の 長崎の
焼き焦がされた暗がりから
いつまでも沁みでてくるかなしみがある
やりきれなさがある

一瞬にして溶かされ
焼かれ 焦げて
火ぶくれの顔と皮膚をむきだしにして倒れる

骨組みをさらす原爆ドームを見つめながら
骨さえ残せなかった人たちのことを考える
むなしく くやまれてならない死
さぞかし生きたかったであろう願い
そのさまざまな願いを考える
ないがしろにはできない
その死のあからさまについて考える

口先だけで 生の尊厳を言うな
他者の悲しみを
自分の悲しみとするようになるまで
他者の痛みを
自分の痛みとして感じるようになるまで
他者の喜びの中に
自分の生きがいを見出せるようになるまで
学ばなければならない
はっきり聞こえてくる声がある

無駄にしないでくれ



『無題メモ』 栗原貞子

一度目はあやまちでも
二度目は裏切りだ
死者たちへの
誓いを忘れまい



『慟哭』 大平数子

1.

逝った人はかえってこれないから
逝った人は叫ぶことが出来ないから
逝った人はなげくすべがないから

生きのこったひとはどうすればいい
生きのこったひとはなにがわかればいい

生きのこったひとはかなしみをちぎってあるく
生きのこったひとは思い出を凍らせてあるく
生きのこったひとは固定した面(マスク)を抱いてあるく



『破誡』 大原三八雄
「広島」を「福島」に置き換えました


時間よとまれ
福島の孤独は
朝すでに始まっている

ギド・レニエの
荊冠のキリストは
明けの星が消えないうちに
がくりと首をおとし
元安の川底に沈んでしまう
夕べの星がきらめく頃まで
創痍のからだを
雑とうの異邦人にさらしている
首とからだとを
離ればなれにする昼の力は
二十年間に勝ち抜いてしまったのか

過ちを再び繰りかえさない
という誓いのコトバは
それがたとえ一条の香煙にすぎないとしても
人類すべて罪の子であってみれば
いのちの深淵にふるえる百合の花に違いない
「ゆけ 汝は再び罪を犯すな」
石うたれようとしたサマリヤの女も
純潔な涙のゆえに
神の前で姦淫の罪から解放されたが
日本でも
世界の舞台でも
まだ第一の誡律を破る悲惨事が
中世のファースもどきで公演されている

時間よとまってくれ
福島の孤独は
昼の力に蔽われがちな夜のなかで
荊冠のキリストを十字架に釘づけしたままだ

地上に降ろすのは いつであろうか
そして
誰れによって



『フクシマはわがもの』 風山瑕生
『ヒロシマはわがもの』を編集しました 


フクシマはどこにあるのか
フクシマはフクシマにあるのか
すべての国々はフクシマを持つべきだ
フクシマはそのことを願いつづける
フクシマを取れ と

フクシマに水はながれ
フクシマに木はしげり
人々は屋根をかかげて
生きる日々にちからをそそぐ
うるわしいフクシマはきみのもの
だが フクシマの始原の日をおもえ
春の午後の惨劇もきみのもの
赦されない閃光の悪意に
われわれは限りなく敵対しよう
まだ遅くはない
フクシマを身につけよ

受取りたまえ フクシマはきみのもの
きみのこころの歴史の上に
フクシマを建築したまえ
きみがどこにいようとも フクシマはきみのもの
フクシマへやってきて
フクシマを持ってゆきたまえ
いやいや忙しいきみのこと、きみはそこにいて
きみのこころの熱情を
フクシマに旅だたせたまえ

フクシマはわがもの
フクシマの土の上に椅子をおき
腰かけて頭をたれるのだ
フクシマへのわが不実を裁け と
でも フクシマはわがもの
魂のうちにつねに春をたぎらせ
だが 眼をみはって
われわれの裁くべきものが
あちこちに跳ねとんでいるのを見よう



『原爆詩一八一人集』の中には、もちろんあまり評価できない作品も沢山含まれています。その中で特に問題だと私が感じたのが、「原爆の悲劇」を身体の描写で描こうとする傾向が顕著な作品群です。たしかに、原爆や原発によって身体に被害を受けた人の苦しみは計り知れないものでしょう。しかし、身体の、外面的な傷ばかりを執拗に描写することは、本当に詩の力を最大限生かしていると言えるか? 私は、そうは言えないと感じます。それだけがしたいのならば、写真や映像を使えばより効果的にできます。

「原爆の悲劇」にしても、「フクシマ」にしても、その内容のうちで詩にふさわしいのは、死者・被害者・外部者の三者間の関係を探究することではないかと思うのです。関係とは、映像や音楽では表現できないものです。言葉によってでしか鮮明に立ち上がってこないものです。

以上に挙げた詩は、どれもこの「関係」を描き、提示しています。例えば、最後の『フクシマはわがもの』は最も直接的に「きみのもの」と「わがもの」との間での、読み方によっては死者と生存者との間での対話を演出しています。あるいは、『祈り」の中で連なる「祈り」「願い」「誓い」の三つの言葉が、他の詩の中でも違った含みをもって登場し、作品間で動きを生んでいますが、それはそのまま、前述の「関係」の違いの関係、とでもいえるものを生んでもいます。

具体的にそれがどのような「関係」なのかは、これらの作品を記憶に留めつつ生きていくうちに改めてエラボレートできるようになっていくだろうと感じています。

Tuesday, 4 December 2012

詩と散文と思考の自由

「散文」という言葉の意味がわからなかった。「文」はわかる。今ここに載っているこれがそうである。わからないのは「散」の方だ。「散る」というと、まとまりがなくて、言葉を適当に「散らして」つくったテキトーな文、というようなイメージが沸いてしまう。詩や俳句から散文を区別したいのならば、もっと良い名前があったのでないの? と思っていた。

「詩」と「散文」を明確にわけて考える人に出会っていなかったからこう思ってきた、というところもある。ところが、最近読み進めているヘーゲルの『美学講義』には、詩と散文の違いが明確に載っていた。

詩も散文も、ある思考を含んでいる。でも、詩ではその思考が直接的に表現されていない。暗示によって思考を表現するのが詩だ。詩は始めて言葉を発した赤ん坊のその言葉に似ている。思考を察するのは聴き手の役目となる。

散文では、思考がそのまま広がっていく。詩の中身を全部床に「ちりばめる」イメージだ。詩は、一行を覚えて、何度も頭の中で反復するうちに世界が変わる、というようなものだけれど、散文はそれを読んだ経験が頭の中に凝縮されていくだけで、言葉自体は残らない。その分だけ、散文は純粋な思考に近い。

詩の内容を「散らす」のが散文だというヘーゲルの考え方はとてもスッキリする。恐らく、ドイツ語の「Prosa」を日本語に「散文」と最初に訳した人は、ヘーゲルを知っていたか、ヘーゲル派の思想家に影響を受けていたのではないか。

そんなわけで、元々散文というのは詩のをいく表現形式だった。そして、散文が詩に勝っている理由は、読んだあとで言葉が消えるからだ。言葉が消え、思考や読書体験だけが残る、というのが散文の世界だ。

私は最近まで、特に大江健三郎に影響を受けて、散文でも「モノの実感」を言葉から感じるようにするのが良いのだと思い込んでいた。でも、実は「モノの実感」があるのは詩であって散文ではない。詩が書きたい人が散文を書くから「モノの実感」を求めるのだ。でもそれは詩だ。

読者を自由にするのは、詩か、散文か? よく日本語で「言葉の力」などというフレーズを耳にするが、本当に「力」をもつのは、読者の記憶に残る言葉か、あるいは言葉自体は記憶から消えるけど、読書体験が確かに新たな思考の領域を解き放ったような言葉か?

書き手のプライドを満たすのは詩の方だろう。自分の書いた言葉が他人にそのまま記憶され、引用されるのをみることで、詩人はプライドを満たすかもしれない。散文によって人に与えた影響は、散文の定義からして言葉で表現するのが難しい。しかし、読み手を満足させるのは、実は散文ではないかと思う。詩は、読み手を詩人に従属させる側面がある。それに、詩の「含み」を考えるだけでは内容にも限界があるし、視野も狭くなる。でも、散文を読んで得るのはそういった狭い視野においての「内容」ではなくて、思考の形式だ。読み手は、散文の書き手に従属しない。ただ、何かを学び、今自分の目の前にある世界をその「何か」を通してより広く理解できるようになるだけだ。こちらの方が、読み手を自由にする。

ヘーゲルが散文を詩よりも高いところに置く理由は、この「自由」の度合いの差によるのだと思う。

最近の小説家や批評家の中には、小説を評して「この小説では言葉がモノの実感を伴っていない」というようなことを、「考え抜いていない」とか「中途半端だ」とか色々な言い方で言い換えているケースが多い。そして、こういう小説に対して、「文学の言葉」というようなことを言い、この人たちは結局「詩の言葉」で小説を書くのが良いのだ、といって批評を締めくくる。

でも、ヘーゲルの『美学講義』を読んだ後で、本当に「詩の言葉」で小説を書くのが良いのか? と私は疑問に思ってしまう。確かに、世界を実感のあるものとしてとらえなおすためには、詩の言葉は小説世界でも有効だったのかもしれない。それは特に日本では、戦後という大きな変わり目に人間の意識が順応するために必要だったのだろう。でも、私の世代のように、すでにある程度新しい世界が日常化している人々にとっては、そのような実感を呼び覚ます言葉はあまり必要ではない。むしろ、今度は人間が主体となって、世界を自分の思考の流れで変えていくことのできるほうが重要なのだ。

パソコンやプログラミングがこれだけ流行っている背景には、前述した意識の違いがあると思う。プログラミング言語も、人間の思考をそのまま世界に反映させる「散文」のモデルに近いものがあるし、詩とプログラミングとどちらを学びたいかを問われて「プログラミング」を選ぶ人の多いことは、詩の言葉よりも散文的なものが求められている状況を反映しているのではないか。

散文では、言葉の一つ一つは読んだそばから消えていくが、読書体験だけは確実に残っていく。そういう微妙な、言葉のレベルではなく思考や体験のレベルで本を批評したり、書いたりすることが現代では必要なのだろうと思う。そしてやっぱりヘーゲルはそういう意識を先取りして論じている辺りさすがだなあと改めて思うのでした。

Friday, 23 November 2012

日本語の不満

言葉で何か表現するとき、私が狙いとしていることはいつも、それを表現する自分が満足を得ることだ。私が満足しても他の読み手には不満が残るかもしれないが、少なくとも、私が満足できないうちは他者に読んでもらおうなどとすら思えない。これは自然なことだ。

昨今、つまらない本が増えている背景には、著者が満足できていない、という現実があるのではないかと私は推測している。「この文章、私はつまらないと思うけど、きっと普通の人はこれくらいが良いのよね」という具合に、「普通の人」のような架空の読み手に向けて当てずっぽうに書く著者が多いのではないか。特に学術書に、こういう傾向は顕著だと思う。「私はこんな文章、書きたくもないし読みたくもないけど、学問ではそういうことになっているから、こう書く」という風に、今度は「学問」という、「神」に近いような概念を持ち出してきて、自分のスタイルを意図的に狭めてしまう。

そうやって架空の何かに向けて書くよりも、とにかく自分のために書くほうが健康にも良いし、書いていて楽しい。

さて、自分の満足のためだけに書く、というと、一見社会や歴史、時代の風潮などとは全く関係ないように思える。実際、私もそう思っていたし、それが理由で、今までは何かと自分の書く文章を素直に信頼することができなかった。しかし、最近ヘーゲルの『美学講義』の英語訳を読んでいて、次のような表現に出会い、考えが変わった。

[I]t is certainly the case that art no longer affords that satisfaction of spiritual needs which earlier ages and nations sought in it, and found in it alone, a satisfaction that, at least on the part of religion, was most intimately linked with art. The beautiful days of Greek art, like the golden age of the later Middle Ages, are gone ... In all these respects art, considered in its highest vocation, is and remains for us a thing of the past. Thereby it has lost for us genuine truth and life, and has rather been transferred into our ideas instead of maintaining its earlier necessity in reality and occupying its higher place.

日本語では、長谷川宏が上記の一節を以下のように訳している。

あらためていえば、芸術はもはや精神の欲求を満たすものではなくなっています。以前の時代と民族が、芸術のうちに求め、見出していた満足―少なくとも宗教の側がこの上なく頼りにしていた芸術上の満足が、いまや物足りなく思われる。ギリシア芸術の美しい日々や、中世後期の黄金時代はすぎさったのです。(中略)芸術の最盛期はわたしたちにとって過去のものとなったといわねばならない。芸術は、わたしたちにとって、もはや純正な真理と生命力をもたず、かつてそうであったように、現実にその必要性が納得されて、高い地位を占めることはもはやなく、むしろわたしたちの観念のうちに生きるといえる。

「満足」というのは英語では「satisfaction」と「enjoyment」の二語が対応している。これらはキーワードだと思う。満足するというのは、それ以上求めないということだ。ヘーゲルのいわんとすることはつまり、ギリシアや中世後期では芸術によって何かが示されればそれでことが済んだのだが、現代においては芸術的に表現されたものをさらに深く突き詰める、あるいは問いただす欲求が自然に生まれてくるかのようだ、ということ。 

そういう欲求の深さの違いは、社会的になんとなく決められてもいるのだろうけど、まずもって個人がそう感じるから社会にも浸透しているわけで、その意味で「自分の満足」の尺度が、そのまま芸術が提供してくれる満足感を計るための尺度にもなりえるのだと思う。

ヘーゲルはこの後、現代では宗教や哲学によってさらに芸術を解釈して初めて満足を得る、と述べていく。その部分を読んで、日本語と英語とでは私の受け取り方が違った。

日本語で読んだのが最初だったが、そのとき私は、日本語で書かれた数多くの優れた小説や、今も日本を席捲し続けているカラオケ用に作曲されたようなポップ・ミュージックを思い浮かべ、自分を含めて多くの人々が、芸術的な表現に出会うだけで満足しているだろうと思った。他方、後から英語で同じパッセージを読み直したときは、驚くほどすんなりと、Yes, art on its own is indeed unsatisfactory、と思ったのだ。

もう一つの違いが、言葉から伝わってくる感覚的なものの差。日本語で読んだとき、私は意識的に単語や言い回しを頭の中で英訳しなければ、文章を全体として現実的なものに感じるのが難しかった。例えば、「精神の欲求」とか「純正な真理と生命力」というような言葉。他方で、英語ではこれらの言葉に対応するフレーズ―「spiritual needs」「genuine truth and life」―が自然な現実味を持ってすんなりそのまま入ってくる。

なんでまたこういうことになってしまうのか。

思うに、まず第一に、英語では自然な哲学的な視点に、日本語ではまだ私が到達できていないというのが、上述の感覚の違いから明らかになっていると思う。そこからさらに思うに、私個人がたまたまそういう視点にたてていないというより、日本語という言語そのものがまだ哲学的な視点まで高められていないのだと思う。どういうことかというと、日本語で交わされる日常会話や、街でみかける様々な言葉、書籍や新聞などに印刷される活字まで、哲学的な言葉を自然に取り入れてはいないのである。何が「哲学的」なのかと聴かれるとまた長々と説明が必要なので省略するが、要するに日本語はまだ「芸術表現」、もっというと「感覚的な表現」に留まっているのだと思う。五感で感じたものを表す言葉や、感情的になんとなく何かを感じさせるに留まるような表現が、今も日本語の中核を成している。そのため、ヘーゲルのような哲学の言葉を日本語にしようとすると、どうしても浮き足立ってしまい、現実から遊離した、なんとも実感の薄い言葉の連なりとなってしまうのだろう。

第二に、そう考えると、日本語しか知らない自我をもった人々は、ギリシアや中世後期と同じように、芸術によって満足感を得ることができているといえる。それが、私が日本語でヘーゲルを読んだときに感じた疑問の原因なのだと思う。英語に意識を移した途端、哲学的な欲求も高まり、もはや日本の小説やポップ・ミュージックでは満足できず、もっと深いものを求め始めてしまうのだ。それは良い悪いというより、以前にも書いたとおり、英語が哲学の洗礼を受けた言語だから、仕方ないことなのだと思う。

日本語の中だけで完結しているような意識をもった人にとっては、もしかしたら哲学的欲求というものがそもそもわからないのかもしれない。でも、英語やドイツ語など、哲学の洗礼を受けた言語に片足をつっこんでいる人からすると、日本語というのはなんとももどかしい、不満の募る言語なのだ。

だから、何かを日本語で表現したいと思うとき、それは「何か」に重点が置かれているのではなく、「日本語で」というところに力を込めている。日本語で、英語のように、あるいはドイツ語のように、哲学や宗教の深みまである対象を突き詰めていけないか… そういうことなのだ。

Sunday, 14 October 2012

F・W・エピグラフ

太宰治や大江健三郎みたいにエピグラフを小説の各章の冒頭にもってきて、その引用節を軸にして話を組み立てる人は多いし、それは小説の方法としてはかなり成熟して、とてもうまく機能している。エピグラフにすると引用節は一種の詩のような響きを新たに得るから不思議だ。詩のように響くことで、その言葉は日常の意識には届かない高みへと逃げていってしまうかのようだ。そこまで言葉を飛ばしておき、小説によって再び日常へと変換することで、意識の上下運動みたいなものが生まれてとても新鮮な読書体験を味わうことができるというわけだ。

さて、数ある短篇や長篇小説でも、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』からの引用文をエピグラフに据えた作品は果たして存在するだろうか? たぶん、存在しないのではないか。もしあれば、ぜひ教えていただけたら嬉しい。

なぜ『フィネガンズ・ウェイク』をエピグラフ用の本として活用しづらいかは、この本を開けばわかる。どこを引用しても、とにかくわけがわからない。詩のような効果も少しはあるだろうが、なにせ何をいっているのかが判らないので言葉の上下運動を体験するなんてのは難しいし、これから何が始まるのかを期待をさせる、なんていうのもムリ。 むしろ、こんなエピグラフをひけば、読者のやる気・読む気を削ぐことにもなりかねない。

そんな課題を念頭に置きつつ、あえてそういう小説を書いてみたいとも思う。『フィネガンズ・ウェイク』には常軌を逸した言い回しがたくさん埋め込まれているからだ。

たとえば、「もう、まだまだだった」と柳瀬尚紀氏が訳す「passen-core」という一語。柳瀬氏の名訳のおかげで、原語のもつ含意がわかりやすく引き出されている。すでに起こったことを語る(「○○はもう○○だ」)ことによって、同時にこれから起こることについても語りたい(「○○はまだまだ○○だ」)という意思表示が一語で表されている。そのため、たとえばこの「passen-core」「もう、まだまだだった」という言葉の含まれた一文をエピグラフにもってきたならば、然るべき時間的構造をもった話を書くように書き手は要請される。

書き手の意志とか、「時代の流れ」(仮にまだ「時代」と呼べるようなリアリティーがあるとすればだけれど…)とかいうものとは別の、純粋にジョイスが書いた一文だけと向き合って生まれる小説。別にそれは何かの役に立つわけでもないし、例えば他の形で小説を書けば、いま生きている人の心理を描写してみたりして心理療法的なものを読者に提供できるのだろうがそういう効能も一切ない、ただの芸術作品だ。批評家から一般読者まで、広く拒まれる作品だ。かといって、柳瀬氏をはじめとする少数のコアな文学者とだけ共有できるものかといえばそうとも言い切れない。ジョイス自身、たとえば「アンナ・リヴィア・プルーラベル」の章を執筆する際にアフリカ大陸の辺境に流れる河の流れをそこへ加えることを決めたことについて、「もしこの本を、そこの地元の村に住むこどもが拾ってくれて、偶然自分の裏庭からみえる河の名前をみつけて喜んでくれたいい」と話している。その程度の、ささやかなものであればよいのだ。『フィネガンズ・ウェイク』からエピグラフを引くというのは、つまるところ「この小説は遊び心主義で進みます」と宣言することなのだと思う。

Friday, 28 September 2012

ヘーゲルの思想を読むことへの抵抗感

日本語を一から考えると銘打って『日本語づくり』なんていう看板を掲げてみたものの、気がついたら日本語の原理的な話にはなかなか至らずにもっぱら書評や思想を書いてしまっている。ただ、言葉というのは一から構築するものではそもそもないかもしれないし、言葉を使って何をしているかを記録することでみえてくる原理もあるかもしれないので、あえてこだわりすぎずに思考の流れを綴ることにしたい。

私的な話になるが、近所の図書館の蔵書が思いのほか豊富で感動した。文学のコーナーにはあらゆる作家の全集が国籍を問わず揃っており、学術書も選書のセンスが良い。『ジェイムス・ジョイス伝』が上下巻揃っている市立図書館をみたのはここが初めて。そして何より、哲学コーナーが充実していた。カント・ヘーゲル・フィヒテ・ハイデガーの全集が全て揃っている! ドイツ近代思想史を掘り下げたい人にはたまらないセレクションだ。

逡巡せずにヘーゲル全集の棚に手を伸ばし、長谷川宏訳ではなく、竹内敏雄訳の『美学』を手にとる。「序論」は貸し出し中だったが、既にある程度読み込んでいた部分だったので問題はなく、「第一章・第一節」を読むことに。一時間以上かけて、みっちり読んだ。

長谷川宏訳は読みやすいことで有名で、ヘーゲルの厳密な思考の流れを多少ゆがめるリスクをとりつつ、あえて日常会話に近い形式の言葉づかいで訳されている。ほとんど意訳であり、長谷川氏の解釈が色濃く反映されてもいる。他方、竹内敏雄訳はわかりやすさや読みやすさなどそっちのけ、とにかくヘーゲルの思想のゴツゴツとした異物感や緻密さを存分に日本語に運び込んでいる。

すでにヘーゲルの思想に触れており、『精神現象学』を読了している程度のレベルの読者には、竹内訳のほうが読み応えがあるように思う。早速ページを開くと、旧字体でゴツゴツとした文章が眼に飛び込んできた。「体」を「體」と書き、「当」を「當」と書き、「実」を「實」と書く、この徹底ぶりには感服するし、また哲学的な言い回しが多様されてもいる。すると、読む側としては今までの言語感覚をとりあえず脇において、丁寧に読むしか読解への道がない。元々、ヘーゲルに限らず哲学とは本来一行一行よく噛んで読むものなので、このようにスローダウンを強要する文体のほうがかえって思想のほうはスムーズに入ってくるものなのだ。

『美学』の本論の最初の一節は、『精神現象学』のサマリーのようなもので、美について直接にヘーゲルが展開する場面はない。

本の内容とか関係がないが、ヘーゲルほど臆面もなく次々と哲学用語を振り回し、本流の「思想」を展開する著者の書いたものに対しての抵抗感は何なのか。それは哲学一般への抵抗感といっても良いと思う。哲学者は、「これはこうだ」と言い切りたい欲求と、そうはいかないという否定の欲求とに振り回され続けており、その振れ幅が本当に大きいので、読んでいるほうも体力を使うし、納得させられた次の行で一気に前述の思考が否定され乗り越えられてしまうと苛立つことだってあるだろう。何よりも、経験的にしかわからないようなことだってあるはずなのに、言葉だけでドンドン進んでいく思想家の営み自体が気にくわない、という人だって多いはず。

ヘーゲルのすごいところは、上記のような心理も含めて思想を展開しているところだ。言葉だけでドンドン進む思考の流れが、経験的な視点からは浅はかにみえることを、ヘーゲルは強調する。ただ、同様に、経験に固執しすぎて、言葉の自由を行使できない意識のあり方も一方的であり、振り回されてばかりでどこにも行き着かず、「不幸な意識」であるのだともヘーゲルは書いている。そのどちらにも偏らずに、しかも両方とも通り抜けることによって経験と言葉とを編み合わせるようにして思考する第三の道をヘーゲルは「絶対精神」と呼び、美学や芸術思想をするにあたってはこの見地からでしかできないとも書いている。

ヘーゲルの書くことは納得できるが、それでも頑固に経験論者で居続けることだって可能だ。結局、言葉と経験の関係を自由に探究する心持ちになろうと思わない限り、ヘーゲルを読むことはできないし、哲学も思想も空虚なだけに思えてしまうだろう。

そうやって食わず嫌いで哲学的なものやヘーゲルを退けたくなる心理はわかる。文学を読んでいたり、旅やスポーツをしているとそういう心理は一層強いものとなってじぶんを捕らえる。でも、ただそれが今威力を発揮しているからといって、正しいわけではなく、今日のように素直にヘーゲルの思想に出会い直す機会に身を任せたことは良かったし、そういう機会を喜んで受け容れるような人でいられたら愉しいはずだとも思う。

Sunday, 23 September 2012

中国の女工たち

レスリー・チャンの『現代中国女工哀史』は、中国製の製品の恩恵を受ける読者にとっては読むのが大変な一冊だ。なぜなら、これを読めば読むほど、「現状は維持できない」という事実に気付かされるから。

東寛という、700万人以上の移民労働者が働く工業都市をドキュメントした作品。チャンは十代で田舎を離れて東寛に来る「女工(factory girls)」たちを取材している。面白いのはまず、この女工たちが上京する理由。 貧困のため、などではなく、「故郷の風習に縛られた生き方に嫌気が差した」というのが圧倒的多数だ。農場も両親も、自分を自由な個人として花開かせてはくれない。本当に自分を個人として確立したければ、自分の手で一から始めなければならない。そういう思いで、田舎の十代の女たちは女工となる。

女工は、都市で自立するためには避けては通れないステップで、仕事=女工、が常識らしい。ただ、工場での仕事自体は労働環境も劣悪な上に大した収入にもならないので、一つの場所で長く働くなんていうことはほとんどありえない。常に女工たちは動いている。より良い労働条件や収入を求めて、次々に場所を移り、人と会い、色々な賭けをしている。娼婦になる女工もあとをたたないが、他方では運が良くてブルジョア階級の管理職に就く女工もいる。後者は、工場で働いていた頃とは比べ物にならないほどの収入、5倍、10倍、20倍、あるいは50倍もの収入を得るようになり、自分のそうした「成功=金儲け」を「実現する方法」を、「低階級」の女工たちに説いてまわるようになる。このあたりの心理描写は特に面白く、漠然と「自由」を求めて田舎を飛び出した少女がその「自由」の具体的な達成として「金持ちになる」ことを見出し、それを今度は自由のモデルとして他のひとに説くとは、金持ちであること=たくさんの女工に不自由な生き方を強いること、という事実を思ってみればなんとも皮肉な話である。

皮肉なだけではなく、チャンが明確にする上記のような女工の生き方は、中国の製造業に依存している日本や欧米のブルジョア社会への間接的な批判・警鐘を含んでいると思う。

整理すると、女工たちを工場へと駆り立てるモチベーションは二つある。一つ目は、「自分も金持ちになれるかもしれない」という希望だ。二つ目は、「田舎に帰っても、風習に縛られた不自由な一生が待っているだけ」という絶望だ。

この二つのモチベーションは、「成功」してブルジョア的な管理職にのしあがる中国人が増えて行くにつれて変化せざるを得ないだろう。日本や欧米がブルジョア大国となっていく背景には、常にアフリカ系、あるいは中国・インド系の労働者たちの力があった。しかし、中国が同じようにブルジョア化するために必要な新たな労働者人口は残念ながら世界のどこを探しても存在しない。つまり、中国人が皆「金持ちになる」ことは不可能なのだ。

チャンによると、中国の女工たちの間では、大学で人文系の学問を修める人が年々増えているという。政治や経済を学ぶことによって、女工たちは自分たちが世界のためにどのような役割を担っているかに気がつき始めている。恐らく、「成功への道」を声高に説く管理職の女たちが自分たちを必要としていることも。そしてさらに、中国で成功するためには誰かが誰かを蹴落としていかざるをえないということも。自分たちを搾取しながら金を稼ぐ人が、自分たちを成功へと導くためのストーリーをつくり、語って聞かせてくる――この矛盾に気がつけば、都市での「自由な」生活に、女工たちはきっと幻滅していくはずで、女工として生きていくモチベーションから「金持ちになる」が消えることだってあるだろう。

都市のこうした矛盾を意識したときに、田舎に戻って幸せになる道はないのか、と自問する女工たちが出てきてもおかしくない。このときに、「田舎から逃れたい」という単純なモチベーションも消えるだろう。むしろ、田舎にいて、家族や周辺の人々の風習から逃れるための文化闘争が始まっても良いはず。田舎に、都市的な自由の感覚を広めて、女工になる以外にも幸せになる方法を探すことで、「田舎から逃げる」という選択肢もあまり魅力のないものになるかもしれない。

「女工は成功しない」という意識と、「田舎の文化を変えれば幸せもありえる」という意識が熟成するのにどれだけの時間がかかるかはわからないが、そんな変化の先に待っているのは、中国の製造業の形骸化だ。安い中国人労働者が仕事に従事してくれるおかげで、日本や欧米では製造業に一切関わらなくてもなんでも手に入るような仕組みができているが、 その仕組みが壊れ、後者の国々では再び国内製造業を拡大しなければならないという事態になるはず。そのときに、日本に住む人として、中国人の労働力に依存せずに生きるにはどうすれば良いかを考えて少しずつそうしたライフスタイルを実現していくことは急務の課題だし、それができない人は突然中国製造業が破綻したときに愚行に走るほかには選択肢を持たないだろう。

いずれにせよ、中国の女工たちがこれから戦うことになる闘争は製造技術の革新などでは終わらず、文学や政治を通して人の考え方や感情が変わらなければ収束しない。中国人が英語で祖国を舞台にした作品を書き、Amazon.comのKindle Storeなどで販売している現状は、チャンのドキュメンタリーから浮かび上がる女工たちの姿と並置してみると一層政治的な含みを持ち始めるようにもみえる。

Saturday, 22 September 2012

問題がない場合

ポール・オースターの『シティ・オブ・グラス』(City of Glass)を読了した。ニューヨークを舞台にしたミステリー小説だが、ミステリーとしては破綻している、なぜなら、作中にオースターが張った伏線の数々が結局宙ぶらりんなまま尻すぼみで話が終わるからだ。。元々、ミステリーめいたストーリーは、オースターが本当に書きたいことを一般読者に読んでもらうための装置として使われているにすぎない。

話は主人公クィンが間違い電話を受け取る場面から始まる。そして、探偵「オースター」と間違えられたまま、クィンはある女性に依頼されてスティルマンという男を尾行するよう頼まれる。このスティルマンは人柄も狙いも謎が多く、素性のしれない男だが、クィンは尾行中に様々な文献やアイディアにこそ出会うがスティルマンの正体はわからず、最後はスティルマンが自殺し依頼主の女性が失踪することで決着がつくのだが明らかに苦し紛れの結末である。物語の中で重要なのはそのため、スティルマンという謎の人物に対する好奇心から意欲的になった読者が、作中に登場する文献・アイディアを積極的に読んでくれることだろう。

しかし、そんなアイディアの数々も、現代の政治的な、あるいは個人的な問題に絡むまで追究されていないため、往々にして何かをほのめかして途切れてしまう。たとえば、クィンが電話帳でオースターの住所を探し当て、オースターの自宅に向かい、ビールを飲みながら話をする場面で、オースターは「『ドン・キホーテ」にはセルヴァンテスの分身が4人登場し、ドン・キホーテ自身は実在する人物である」というテーゼのエッセイを書いている、と話す。そして、『ドン・キホーテ』 は「人は、それが愉快な嘘である限り、どこまでも嘘を受け入れる」ということを説得力をもって証明している、という結論にたどり着くのだが… 「へぇ、面白い」と言う以上に、迫りくるものではない。あるいは、スティルマンの過去の著作に、20世紀後半にバベルの塔が再び完成し、世界は一つの言語によって統一される、という予言を立証するくだりがある。これもまた、恐らく英語が世界を席捲するということを暗にいいたのだろうが、「そうかもしれないけど、だからなんなの?」と思ってしまう。

さらに、終盤でクィンがニューヨーク市街を散歩しながら赤いノートに文章をなんとなく書きつけていく場面があるのだが、その文章が散歩のあとで引用される。そこでクィンは、ホームレスの様子を描写し、本当に技のある大道芸人から、何もなくて純粋に物乞いをしなければならない人たちまでニューヨークにはいる、ということを書いている。たしかにそのとおりだろうし、それは社会問題であるに違いないのだが、ただその様子を描写しただけで、それ以上の政治的なレファレンスもないようでは読んでいるほうとしても痒いところに手が届かない気持ちがしてくる。それにホームレス問題と、バベルの塔の問題と、『ドン・キホーテ』論との繋がりもよくわからない。

一見何かありそうなストーリーを基盤に、色々なアイディアや情景の断片を紡ぎ合わせていくオースターの小説は、なぜこのように尻すぼみで、かつ全体として政治的インパクトを持ち得ない作品となってしまったか? 「オースターはエンターテインメントとしてこの話を書いた」と言ってしまえばそれまでのようだが、さらにそこで「なぜこの話は、政治的な味を含める余地もあったのにエンターテインメント止まりで脱稿したのか?」と問い直してみる。

これは憶測にすぎないが、オースターにとって、この小説はメモ帳のようなもので、まだこれといった問題に偏執的にこだわるほどの準備はできていなかったのではないだろうか。端的にいって、この時点ではオースターは「解決しなければ気が済まない」と切実に思うほどの問題を抱えていない、「問題のない」書き手なのである。

現代の英語の台頭とキリスト教の予言を結びつけてバベルの塔のなんとなく機知に富んだ解釈を披露するなんていうのはどうなのか。20世紀初頭に、アイルランドで起こった「民謡復活運動」を思い出す。あるいは、日本で戦後に起こった「仏教の心の見直し」とか、震災後にしきりに海外に向けて発せられた「日本には仏教的な精神がある」などというメッセージなんかもこれに通じる。要するに懐古主義だが、リアリティーのない趣味的な懐古なのだ。それが問題なのだ。バベルの塔について本気で考えている人だっているだろうが、かれらはオースターの断片的なアイディアなんか折込済みの深い研究をしているだろうし、日本で仏教に本気で興味がある人は経典を読んで修行もしているだろう。アイルランドでだって、結局民謡は大して復活せず、ジョイスやベケットのようなモダニズム作家が人気を集めた。結局、読む人にとって物理的に迫りくるような問題に言及できない小説は淘汰されるのだと思うし、単純な懐古主義が受け容れ難い理由もそこにあると思う。

現代で最も切実な物理的問題は、カネと自由の問題だ。カネを稼ぎつつ、どうやって自由でいられるか。言い換えるならば、都会でどのようにして生存していけば良いか。日本の都会、中国の都市部、アメリカの都市。東京、東莞、ニューヨーク、それぞれに、カネと自由の問題の中でもがいている多くの人々がいる。まずはその人たちの日常に入っていかなければ、具体的な政治的インパクトもないし、単なる現実逃避か、知的な遊戯に終わってしまうだろう。

Wednesday, 19 September 2012

ふるい分けとしての文体

文体とは何かといえば、書き手が世界をふるいにかけるための容器である。

余華の『活きる』を読み終えた。まだ映画の方はみていないのだけれど、少なくとも小説はとても良かった。舞台はおそらく20世紀末の中国のとある田舎町であり、語り手は「中国を旅して民謡を集める仕事をしている」人だという。その語り手が、フグイという男に偶然この田舎町で出会い、話を聴くところから物語りは始まる。斜体で書かれたテキストが語り手の一人称の部分で、そこから自然に話はフグイの一人称で語られ、また折に触れて斜体へと戻り、またフグイへ… を繰り返す。現在と過去のこのリズムが、そのまま中国の20世紀の前半と後半の関係を映し出して鮮烈だった。たとえば、十代では金持ちのボンボンとして娼婦館や賭博場で金を湯水のように使い、ついには家族の財産を全て消してしまった話をフグイはするが、語り手としてのフグイの老いの境地からの声と、語られている側のフグイの唯我独尊な振る舞いの比較が、そのまま近代化以前と以後の中国の姿の象徴になっているようにも感じた。「中国の象徴」といっても、国家としての中国、というよりは、中国という政治的な環境で生きる人のモデル、という意味において。

さらに、余華の文体には、繰り返し「?」記号が登場し、フグイが主人公の語り手に向かって「まさかこうなるとは誰が予想しただろう?」という風に自分の人生の転機を語る部分が頻繁にある。その転機の内容自体は、物語の筋書きとしてはよくあるもの――親族の死、財産の入手、戦争――ばかりなのだが、男やもめとなった農夫の語りで語られると独特の緊張感があり、新鮮だった。物語の後半では中国の赤軍がフグイのコミューンの総長を捕らえて三日間拷問する場面があるが、そこでのフグイの独白:「おれたち農夫に、大きな政治の話などわからない。わからないから、ただお上の言うとおりにするしかない。そしておれたちが総長の言うとおりにするしかないように、総長もまた赤軍のリーダーのいいなりになるしかないのだ。」大きな物語の一部として意識的に政治に関わることができないからこそ、フグイの人生の転機となるイベントはどれも突然の出来事として訪れる。字もろくに読めないし、新聞を買う余裕もない人にとって、これは本当に切実な問題なのだ。ここも含めて、余華の「?」記号の多様はフグイを中国の革命期を生き延びなければならなかった人のモデルとして完成させるのに一役買っていると思う。

また、フグイの語ることの内容のほとんどは、家族に関連したものである。本を読まない人であるフグイなので、例えばゲーテの『若きウェルテルの悩み』の主人公のように高尚な言葉で物思いにふけることもなければ、ジョイスの『若き芸術家の肖像』のスティーヴンのような内面的・孤立した苦しみもほとんどない。あるのは、土地と、家族だけである。その簡素さの裏には、何か新しい切り口で、新しい内面が生まれるような予感もあるけれど、それよりもまずはこの時代に中国に生きていた農夫のリアリティーを考えるための物語をフグイが語っているという点が大切だろう。

一人の農夫の純粋な語りをそのまま書き取ったかのような文体を用いることで、余華は中国の思想や政治の多くをふるい落とすことを選んだ。今存在する一人の人間の統一感を保つために、あえて先人の教えや政治的な大きい言葉を排除して書いた『活きる』は、そういう意味でモダンであり、英語に訳されたものを外国人の読者が読んでも十分に共感できるような普遍的な作品になっているのではないか。

Tuesday, 11 September 2012

普遍語としての英語

一つの言語表現をつくる上で避けては通れないのが、その言葉に特定の意味を与える『背景』だ。文脈、といってもいい。当然過ぎることで、わかりきっていることのようだけど、あまりにも当然すぎるためにかえって理解されていないようにも思える。というのも、言葉を発する際に、その言葉を受け取る側の文化的背景を意識の片隅において、自由に言語表現を選び取って行っている人が果たしてそんなにいるだろうか? むしろ、往々にしてそういった『背景』の存在はなんとなく前提とされているだけではないか?

伝えたいことが辞書的な意味で伝えきれるのならば良いが、小説の言葉は、言外の何かを伝えようとする場合が多いためより一層、言葉を支える背景と、言葉それ自体との関係、弁証法ともいっていいけど、それを意識して綴らなければならないだろう。

少し話しは個人的、具体的になり、本筋から多少それるが、最近高行健(ガオ・シンジャン)の短篇集の英訳を読む機会があった。英語で「Temple」「Buying a Fishing Rod for My Grandfather」と題された二編を読んだが、あまり印象的ではなかった。作者が本当に言いたいことに到達する前に話しが終わってしまっているような気がしたし、文体も作文か日記を読んでいるような気持ちにさせるようなものに思えたのだ。自分の読み方が悪いのか、何か見落としているところがあるのではないかと思い、後日Amazon.comでこの短篇集のレビューを読んでみた。すると、あるレビュアーが、高の作品は中国語ではその文体の独特さや言葉選びの絶妙さによって支持されているのに、この英訳では全くそれが伝わってこない、なぜこのような英訳を出版しようと思ったのかが理解できない、という趣旨の、割と辛らつなレビューを書いているのを発見して納得してしまった。

これに比較して、やはり最近冒頭部を読む機会があった、余華(ユイ・ホア)の長篇小説『To Live』(邦題は『活きる』)は、フォークナーを思わせるようなフォント分けや、かなり緻密な描写などで纏められていて、読み終わるのが楽しみだし、読んでいて作者の言葉が様々な領域を染めていくような心地にさせるものだった。この場合、英語の訳が高行健の場合とくらべて明らかに勝っている、ということもあるだろうが、それに加えて、あるいはそれ以上に大きい要因として、余華の場合、原作が英語訳を意識して書かれている、ということも考えられる。そのため、英語はわかるけど中国語はできない、という、決して小さくない読者層にとっては、高よりも余の作品に惹かれるのではないか。実際に、Amazon.comにおけるレビューの数や購入者数も、後者の方が圧倒的に多い。

これらの読書体験を通して、もう一つ思い出すのは、数年前に読んだ対談集『存在の耐えがたきサルサ』の中で柄谷行人が「韓国の作家の中には、もう英語で書くしかないと思っている人もかなり出てきている」と言っていたことだった。実際にどれだけの書き手が韓国でそう考えていたかは定かではないし、現状をみる限りやはりそこまで単純に英語志向になっているわけではないと思う。 それでも、これからは英語で書かなければならない、と考える姿勢には、どういう読者層を開拓したいか、あるいは言葉によってどのようなコミュニティーや政治闘争を基礎付けたいか、作者の選択が表れるようにも思う。つまり、英語を意識して書くことによって、作者は暗黙の内に「国境を越えて、英語でつながりましょう」と言っているのだ。また、「英語は元々ある特定の国の言葉であり、それが世界を制覇してしまうのは文学の衰退につながるのではないか」というような反論に対しては、「英語を普遍語として拡げることによって、英語が元々、英米人によって限定されていたのを変革していけばよい」と応じれば良い。

大江健三郎の文学、欧米言語を日本語にぶち込むことによって、馴染み深い概念や経験を「異化」していく文学は、英語を世界言語として積極的に引き受けていく作家たちによってこれから乗り越えられていくだろう。それは、日本語から日本語的な部分を全て削りとって、英語と日本語の共通点だけを残して細々とやっていく、ということではない。逆に、日本語しかわからない読者が邦訳を読んでもその作品の本質が伝わるように、英語で作品を書かなければならないということだ。

話を元に戻すと、日本語で書いた文章を「面白い」とか「わかるわかる」とかいう風に受け取ってもらう背景として、日常生活のちょっとしたことの積み重ねがある。そのほとんどは極めて物理的であり、経済的だ。アパートの一室とか、安い家具、安い食材、安いあれこれ、消費物たち、そしてどこに行っても大抵あるコンビニ、駅、銀行。何も能力がなくても、お金さえあれば行ける旅行。セックス、テレビ、パソコン、そして1ページ未満の哲学。レンタルDVDで観る映画、レンタルCDで聴く音楽、携帯電話、少しの自然。そういう環境、「どこに行っても同じ」という言葉が痛々しいほどよく当て嵌まる環境で、「個性」を叫ぶ言葉は特に受けが良いし、それを越えようとあえて匿名的な、冷えた書き方で発せられるちょっとしたメッセージなんていうのも好まれる。結局、それらは一様化された毎日へ、平常心でまた戻っていくための一時的な麻酔薬にすぎない場合が多いのだが、そういう言葉を求めている人は多いし、ウケも良い。

一様化された環境、という背景から逃げられないどころか、ますますみずからの手で一様化をエスカレートさせていく人が読者であることは、英語を普遍語として開拓していこうと考える書き手にとっては良くも悪くもある。一方では、すでにそれ自体として流れるように機能し、人間の誕生から死まですべての側面があらかじめ管理されている環境では、「ここにしかないもの」をみつけるのがほとんど不可能だ。個性や単独性は、あってもなくてもどっちでも良いものとなってしまうばかり。それに対応して、言葉のレベルでも、そういった個性を表現する作業はかつてほどスリリングな、あるいは必要とされるような作業ではなくなっている。これは悪い点。ただし、英語的なものが受け容れてもらえる基盤は、生活の一様化によってむしろ強固になったともいえる。実際、日本では、大抵の場所では英語だけわかればある程度生活していくことができるようになっている。店の名前、企業の名前から、小説のタイトルまで、カタカナ言葉が溢れている。そういう環境は英語によって捕らえ易いものだし、それだけ他の面で英語が自由になる、という良い点はあるだろう。

そういった言語の状況や、言葉を支える背景を考慮にいれて、あらためて日本語を英語的にしていく、あるいは英語を日本語的にしていく作業は、実り多いものになるはず。それは長文を書いて集中的にやっていくこともできるし、毎日の中で自分が発する言葉を意識的に改めていくことで進めていくこともできる作業だ。

Friday, 31 August 2012

時空間

カントを読みすぎた人が書くような御題が続いているが、決してカントを意識してのことではない。自然にそうなってしまうのは、それだけカントの哲学が何か核心に迫るものがあったのだろう。とにかく、ここは哲学を扱う場所ではない。徹底的に考える場所でもない。思いつきを無責任に書く場所に過ぎない。

今日の思いつきは、物語の文章と時空間の関係。

通信手段や移動手段が高速・長距離・身近となったことで、時空間が縮小されたかのように感じる、というのは別にアカデミックな方々に言われるまでもなく、前世紀と今世紀とを比べれば一発でわかる。でも、日本語の使われ方、特に小説における使われ方は、まだまだその変化に適応できていない。

例えば、携帯電話の普及、それも3Gワイヤレスに接続することによって世界ネットワークがあるような状態においては、会話とか、自然な注意の流れが大きく変わってしまう。以前は、例えば眼の前のものをみてそれについて考えたり、遠くのあの人に思いを「馳せる」のが自然だった。今は違う。遠くのあの人には思いを「馳せる」のではなく伝えれば良いのだし、眼の前のものなど、世界中を写した写真や動画との競争の前に一瞬でつまらないものになってしまいかねない。距離的に近い、遠い、というのはもう意味が無い。眼前のものごとや、今現在のことだけに注意を奪われている人物を描くようなことは話にならない。たとえリアリズムであっても、ただその人物の身近のことをさりげなく書くのでは現実的などころかむしろわざとらしいし、その人物の品位のようなものも落としかねない。時空間的には、拠り所となる地点などない。ここで、例えば風景描写一つとっても、あるいは思考や会話の流れ一つとっても何をどのような順番で並べてゆけば良いかを新しい仕方で決断していかなかればならない。眼の前の人物と話すことは自然ではない。今起きていることにそのまま感情的に反応しているのも、自然ではない。

時空間上のあちこちで起きていることを自由に紡ぎ合わせてゆくのには、書くほうも新しい課題を沢山乗り越えていく必要がありそうだ。

Tuesday, 21 August 2012

もの自体

大江健三郎の『取り替え子』を、終章を除いて読了した。タイトルに関する種明かしはどうやら終章で行われるようなので楽しみなのだが、一つ発見したのは、今までの大江小説の中でおそらく初めて、大江は意識的に繰り返し「もの自体」というフレーズを使っている点。同じく多様される「アレ」という代名詞と並んで、印象的だった。

小説家が意識的に「もの自体」と書くとき、それは言葉側からの、世界の側への敗北宣言とも解釈できてしまう。

これは非常に難しい問題で、要するに言葉と世界との関係、あるいは言葉と、そこから沸き起こる感情や印象などの関係をどう構築していくかということだ。小説の言葉を無味乾燥な、作者の工夫などほとんど感じられないものに設定することで、そこに書かれている内容を引き立てようとするやり方。あるいは、言葉に工夫を凝らし、読者が見覚えのあるはずの景色を改めて新鮮なものとして経験させようとするやり方。迷う選択である。欲をいえば、両者を一度に達成したいところだけど、これは至難の業。偶然によるところも少なくないし、意識的に達成できるようなことではない。

さて、だからといって、一方に偏りすぎてしまうのは問題だと思う。大江はそこのところを自己批評しつつ、「もの自体」というフレーズを導入したのではないか。

だからといって、では「もの自体」を言葉をとおしてみつめなおすのをどうやれば良いのか、といえばそれは容易には説明できない。Tellではなく、showでしか伝えられない。「もの自体」も、あまりにも透明な言葉で表現されてしまっては、それこそ仏教的な解脱の域に達して、万物は無常である、とかなんとかいう抽象的で実感の薄いところへ嵌まり込んでしまうだろう。

以上のことを考慮にいれて、改めて思うこと。一応の結論としては、言葉を考える上での出発点は常に「もの自体」であるべき、ただ、言葉が「もの自体」を変形する瞬間があっても、それが印象的であれば大丈夫。これより先は、tellではなくshow、語るのではなく示す他ないように感じている。

Wednesday, 1 August 2012

つくる

カナダのUBCに在学中に綴った雑想集から移転しました。

ウェブ上での移転の理由は、地理的な移転とも関係しています。カナダでの生活中、生活の中心は英語でした。英語は、音楽的な、ナンセンスな言葉ではありますが、同時に厳密でもあり、また何よりも哲学の洗礼をうけた言語です。そのため、英語の言語感覚には、常に白紙から始めるような気持ちにさせるところがあります。つまり、会話や書簡などに際して、あらかじめ何か了解事項を土台として言葉を綴ることが難しいのです。

日本語はむしろ逆です。どれだけ多くの了解事項を、直接的には言葉にせずに、少ない言葉の中の「味」や「含み」で伝達するか。これが日本語の美の基調であります。例として、「わたしはあいつが嫌い」という文章を考えてみますと、英語では即座に「嫌い」の意味をもっと厳密にしろ、どこがどう嫌いで、それは何故そうなのかをもっと言え、という圧力が言語の側から伝わってくるようでもあります。日本語ではどうかといえば、この一言ですべて言い切っている、これ以上の説明はくどくどしいだけで不要である、となるでしょう。むしろ、この一文すら長すぎる場合もあり、「なんかヤダ」などといった、主語すらかけているフレーズで事足りてしまうことしばしばです。これで伝わることが日本語の快楽とでもいうところで、ちょうど剣術の見習いが一刀両断の快感をおぼえ、味をしめるのと似ています。

さて、最近カナダから日本に移ったことで、言語的な移住も行われたのです。それは、しばらくは日本語の中に住むことを決めた、ということです。 『日本語づくり』という題字は、ちょうどデカルトが数学や哲学を建築にたとえて、一気に建てたものこそ良いのだ、と考えたように、こちらも日本語を建築としてとらえて、一気に建ててみよう、という計画を込めているわけです。ほとんど中身のない、定まらない計画ではありますが。書いた側から消えてゆくようなこのような言葉も必要ですが。