Saturday, 5 December 2015

パリ、アメリカ、ユーロ

パリでCOP21が行われている。Democracy Now!の中継を見る限りだと、各国の「交渉」は全く交渉になっていないようだ。ジェームス・ハンセンは、今日、「今回の会合は京都よりもひどい」と話していた。京都の場合は、少なくとも何らかの「交渉」があったのに対して、今回は各国が自主的に定めた目標をそれぞれ発表しているだけだと言う。また、摂氏1度の平気気温上昇でも南極の氷河が全て溶けるほどの大きな影響があるというのに、COP21では「今世紀末までに摂氏1.5度ないし2度の上昇に留める」ことを目標としているらしい。

ハンセンいわく、まずは石油価格を上げなければ話にならないとのこと。さらに、「CO2排出税」を制定し、排出量が多い国民から少ない国民へほぼ直接的にお金が流れる仕組みをつくるべきだと言う。この考えは理に適っていると、私は思う。というのも、元々CO2排出量は所得に比例する傾向があるからだ。そのため、排出税を課されることによって生活を脅かされる人はほとんどいないはずである。むしろ、これは環境への影響を「外部性」などという言葉でごまかしてきた裕福層から、赤道付近で干ばつ・不作に苦しむ貧困層へとお金を送る手段なので、後者にとって悪いことがない。

オバマは「アメリカは今まで努力を続けてきた」と強調していたが、それは裏を返せば「今までどおり、もしくは今までより少しだけ高い目標を掲げておけば、とりあえずはごまかせるだろう」という魂胆の表れにも見えてしまう。

とはいえ、2016年の大統領選の候補者の顔ぶれを見ていると、オバマにもう一期大統領を続けて欲しいと思ってしまうほどだ。トランプやクルーズなどの共和党の候補者は論外だとして、民主党のヒラリーも全く子どもっぽくてとても真剣に正しいことをしてくれるとは思えない。唯一、バーニー・サンダースだけがまともなことを言っているが、いかんせん資金力がない。オバマは草の根活動を通じて資金を集め、当選した。サンダースも、労働者階級の間での認知度が上がれば、あるいは当選するかもしれない。少なくとも、サンダースが当選すれば、「オバマ・ケア」が白紙に戻されることはないだろう。この一点だけでも、サンダースを選ぶべきだ。(そしてそれ以上の期待はしてはいけない…)

ヨーロッパでは、ギリシアが一層ひどいことになっている。ギリシアに籍を置く企業はすべて、来年度の利益を予測し、この予測に基づいてあらかじめ来年度分の税を今年度11月末までに納めるよう義務付けられていたというのだ! 健全な経済国家においてすら企業を苦しめかねない話だが、これをギリシアにさせるユーロ・グループは狂っているとしか思えない。事実、ツィプラスは精神的に疲弊しきっているだろう。ギリシア国民も然りである。そして、日本やヨーロッパの大手既成メディアは、7月のプロパガンダ報道を最後に、ギリシア無視を決め込んでいる。

最近、元財務大臣のヤニス・ヴァルファキスの講義を聴く機会があった。ヴァルファキスの辞任の理由は、日本のメディアはもとより、海外のメディアでも邪推の域を出ない情報しか流れていなかったが、ヴァルファキス自身が内実を公的に話している。

ヴァルファキスによると、ユーロ・グループが提示した「緊縮プラン」は、債務の返済につながらないことが論理的に実証できるほどの紛い物だったという。一見すると、「苦しいときは節約して支出をおさえる」という考えは理に適っているようにも感じられる。しかし、このような「節約」つまり「緊縮」は、個人や企業のレベルではうまくいっても、国家や超大企業のレベルでは全く逆効果なのである。個人の場合、例えば一日5ドル節約した場合、月末には150ドルが手元に残る。しかし、国家の場合、国民の総支出が5億ドル減少すれば、商品の総売り上げも5億ドル減少するので、国家の総歳入も相応に減少してしまう。しかし、債務は減少しない。そのため、対GDP比の債務量は増加する。このため、債務を抱えた国家が緊縮を採用してしまうと、かえって返済ができなくなり、より多額の借金をしなければならなくなるのである。

さらにもう一点、個人と国家の違いがある。個人レベルでは、一人の人がお金を貯めたからといって、もう一人の人が自動的に貧乏になるわけではない。そのた め、「貧乏になったのはあなたの責任、金持ちになったのは私のおかげ」 という考えが成り立つ。対して、国家、あるいはユーロ圏では、こうはいかない。なぜなら、一つの経済圏(例えばドイツ)の黒字は、必ず他の経済圏(例えば ギリシア)の赤字の上に成り立っているからである。これを放置してしまうと、一つの国が儲かれば儲かるほど、もう一つの国が追い詰められていくことになる のである。しかし、ギリシアが赤字にならない限り、ドイツも黒字になることができない。そのため、「ギリシアの赤字はギリシアが悪い」という考えは、論理 的に間違っているのである。ギリシアの赤字はある一つの国家の責任ではなく、ユーロ圏のデザインそのものの欠陥から生じる問題なのだから。

以上を説明した上で、ヴァルファキスはユーロ・グループのリーダーたちに代案を提出した。ヴァルファキスの代案の趣旨は、国内における投資活動を活性化させることを主軸としている。投資量が挙がれば、条件の良い雇用が増え、若者の海外流出が防げるだけでなく、国民の消費の増加にもつながる。するとGDPや税収がそれに応じて上がり、景気が回復する。景気が回復すれば、ギリシアはユーロ・グループに債務を返済していくことができる。

しかし、ユーロ・グループはヴァルファキスの案を全く議論しようとしなかった。ヴァルファキスはあくまで「返済額を最大化するための計画」を議論したかったのに対して、ユーロ・グループのリーダーたちはギリシアの財政を極限まで悪化させることをねらいとしていたからだ。なぜかといえば、ユーロ圏には、ギリシアに続いてアイルランド、スペイン、ポルトガル、イタリアなどが債務国・赤字国家として控えている。また、イギリスでも、コルベン率いる左翼が勢力を増している。ユーロ・グループは、「もし財政状況を改善しようと左翼政府を選出した場合、国民に何が起きるのか、見せしめをしておこうじゃないか」と考えているわけである。その意味で、ギリシアの債務問題は、実はユーロ圏全体の政治的問題なのである。

ヴァルファキスは、折れずに淡々と理性的な計画を提出し続けた。対して、ユーロ・グループは度重なる脅しによってツィプラスとヴァルファキスに手枷足枷をはめ続けた。例えば、ユーロ・グループはギリシア政府に対して、財政状況改善につながる法案の可決を禁止したのだ。つまり、もしそのような法案を自己判断でギリシアが可決した場合、ユーロ・グループは資金援助を一切しないと言っていたのである。さらに、6月末にはヨーロッパ中央銀行がギリシアの市民の銀行口座に一日当たり60ユーロという上限(実際には40ユーロ分しか資金は提供されていなかったらしいが)を一方的に押し付けた。国民に直接プレッシャーをかけることによって、左翼政府の支持率を落とそう、国民投票の結果を「YES」につなげようとしたのである。

6月末の時点で、ヴァルファキスは反撃手段を用意していた。もしギリシア国内の銀行がシャット・ダウンされた場合、ヴァルファキスはギリシアの法の枠内で借りていた270億ユーロを無期限繰り越しにする予定だったという。そうすることによって、ドイツ銀行など、他のユーロ圏銀行に、ヨーロッパ中央銀行を相手にした裁判を起こさせる強いインセンティブが生じるらしいのである。(詳しくはヴァルファキスが様々な講義で繰り返し説明しているが、長くなるのでここでは割愛する。) しかし、ツィプラスはついにこの反撃を行わないことにしてしまった。心理的に追い込まれたのである。

ヴァルファキスはスィリザの一員として当選したとき、一つ公約を掲げていた。「妥当性のない返済プランには署名をしない。」 しかし、ユーロ・グループは、ついに7月上旬に至ってもなお、ギリシアが必ず返済不能になるような計画しか提示してこなかった。財務大臣は、これに署名するか、あるいは先述した反撃手段に出るか、二者択一の選択を迫られていた。しかし、ツィプラスおよび他のスタッフは、反撃を諦めていた。そのため、署名をして公約を破るか、辞任するか、どちらかしかなかったのである。そして、ヴァルファキスは辞任した。

こうしてみてみると、ヴァルファキスは論理的に一貫した行動をとっていたことがよくわかる。対して、ユーロ・グループのしていることは滅茶苦茶である。かれらはユーロ圏の大手メディアにこぞって圧力をかけ、ヴァルファキスやツィプラスに対する誹謗中傷を行い続け、でたらめの報道をさせ続けた。さらに、自分たちが「でたらめ」と認める緊縮案を、公然とギリシアに提示し続けた。かれらには、ギリシアからお金を返してもらいたいなどという思いは微塵もない。これは政治的な問題なのである。ユーロ・グループのトップは、もはや何がしたいのかわからない。公的には何の特にもならないことを、あえてやり続けているのである。

ヴァルファキスは、ユーロ・グループは再編さればければならない、と言う。現在、ユーロ・グループのトップは民主的に選ばれてはいない。また、ユーロ・グループの会合では議事録や録音がとられていないため、かれらの行っているやりとりは一切記録に残らない。しかし、かれらの決定はユーロ圏全体に、一般市民の生活レベルにまで及ぶ影響持っている。これは明らかに危険である。そこで、ヴァルファキスの提案はこうだ。手始めに、ユーロ・グループ内でのやりとりを全て動画として世界配信するのはどうか。そして、議事録をしっかし残して公表するのはどうか。長期的には、ユーロ・グループのトップを民主的な選挙によって選ぶのはどうか。

悲観的になってもいいことがないので、私はヴァルファキスの考えを共有して楽観的でいようと思っている。日本にとっても、これはひとごとではない。ユーロ圏の崩壊がもし起きた場合、日本も当然影響を受けるだろう。また、ユーロ・グループの卑劣な政治戦略を見て、日本国民は民主主義の、選挙の大切さを改めて学ぶべきだろう。民主的に選ばれないリーダー、国民に信を問わなくてもよいリーダーが、どういうことをしうるのかを見ておくべきだろう。