Sunday, 27 December 2015

「テティス」―実験翻訳メモ

505文字という制限だけでは、文字の種類と数に文章や内容が一方的に従属することになってしまう。505文字という制限に加え、翻訳文という制限があれば、形式と内容の均衡が実現する。一方的に意味を恣意的にすることも許されなければ、あらかじめ定められた意味を恣意的に選ばれた言葉で訳すことも許されない。

この制約は、直接にはテティスの特性を根拠にしている。テティスは新聞記事から切り抜かれた踊子で、新聞記事の一部が偶然含む文字によって全身が覆われている。この踊子が踊るのが本章。つまり、ある定まった種類と数の文字が舞う。踊子が身体をひねらせたり回転させたりする度に、文字の並びは変わり、異なる意味をもつ文字列となる。

505文字は、オックスフォード英語辞典における各文字の登場頻度の比を参考にして割り出された数である。Qを1とした場合、Aは43、Bは10・・・といった具合に、各文字の数が決まる。これを全て足すと505文字になるのである。

私は、505文字を「Scrabble」の文字タイルにして、家の床に並べて「翻訳」をした。只今三周目、つまり、今のところ505文字×2周=1010文字の英文が完成している。

作業をしていると、普通の翻訳者が守るべきルールは段々霞み行き、代わりに別のルールに身を任せている自分を発見する。原文への忠実さはもちろん大切なのだが、本章では文意を損ねさえしなければ多少正確さを犠牲にしてしまってもよい。第一目的はあくまで「文意を保存しつつ505文字を使い切る」ことである。すると、たとえば同じ単語を繰り返す使うことが困難になる(同じ文字を偏って消費してしまうため)。あるいは、言葉を選ぶときに、他の言葉のためにどの文字を残すべきかを基準にすることが増えてくる。

「どの文字を残すべきか」という問いは、普通の翻訳作業ではまず生じない。しかし、本章、特に作業の終盤において、これは最も大切な問いとなる。

COP21や原発問題、戦争の激化、エネルギー問題・・・ これらはすべて、限られた資源をどう使用していくかの問題である。限りある資源を前にして、他の変数をどう設定すべきか。それはちょうど、限りある文字を前にして、言葉をどう選択すべきかに悩むことと似ている。「こんなものは翻訳ではない!」とか、「これは悪文を通り越して単なるナンセンスだ!」という批判を看破することはできない。どうしても、どこかで妥協しなければならなくなる。一方で、翻訳者である私は、「意味の忠実な写し」という規範から離れ、「限られた文字をどう使うか」という新たな基準に重点を移す。そうすることによって、私は過去の理想に執着する理想主義者から、今の現実から出発する現実主義者へと変身するのである。とはいえ、理想を完全に捨てたわけではない。翻訳とは、過去に誰かが書いたテキストを基盤とする。「テティス」の章の「同文字再利用訳」は、過去と今が互いに妥協した結果なのだ。