『ヘーゲルを学ぶ人のために』という著作を読んだ。加藤尚武が編集している論文集だ。その序章で、加藤は次のように書いている。
いまなお、ヘーゲルを偉大な文字を書き残した思想家であると錯覚している人がいる。そして、せめて完成度の高い『大論理学』を完全に解明したなら、その思想の結晶があきらかになると期待している。そのような期待を満たす著作はヘーゲルには一冊もない。ヘーゲル哲学を学ぶ人は、恐ろしく抽象度が高いが、同時に文章としての完成度の恐ろしく低い文章の密林に入り込んで、その地図作りに参加しなくてはならない。(7項)
異論をはさむ余地のない主張だと思う。同じ序章の終わりの方で、加藤はヘーゲル(の和訳文)を引用した後、「翻訳すると―」という書き出しでその引用部の内容を説明している。「翻訳」という言葉も、的を得ている。ヘーゲルを読むということは、ヘーゲルの文章を現代の言葉へと「翻訳」することなのだ。
さらに、加藤はヘーゲルの思想の全体、あるいは戦略を、これまた非常にシンプルで的を得た言葉でこう要約している。
自然のなかにも精神のなかにも論理が自己展開する構造になっていて、自然よりも高い段階に精神が位置づけられるという体系構造で、ヘーゲルは難局を乗り切っていく。(12項)
このすぐ後で、加藤はこう続ける。
つまり、「論理学」、「自然哲学」、「精神哲学」という三部構成の哲学体系を立てる。そのなかに、時代のあらゆる知や芸術や政治を盛り込んでみせる。さまざまな素材を盛り込みすぎて、体系の枠組みからこぼれ出してしまってもお構いなしで、ヘーゲルは時代の文化の全体を吸収消化し続けた。(12‐13項)
なぜヘーゲルが体系をつくったのか―加藤はこの問いに上記のようなわかりやすい答えを与えている。ヘーゲルが体系をつくった理由を説明できないと、哲学が体系的であるべき理由もはっきりしない。「ヘーゲルの時代には体系が流行していたから」などというチープな歴史主義では駄目なのだ。加藤はフィヒテも引き合いに出しつつ、次のように説明している。
[当時のドイツでは]時代状況に対する国民的な主体性の確立が大きな課題となっていた。その課題を担う中心にあるのは学問であって、あらゆる知識に生きた総合をもたらすことが、国民的な自立の達成に寄与すると信じられていた。国家からも教会からも自立した大学の哲学知の体系が国家の自立を支えるというのである。(8項)
事実、若いヘーゲルは、国民の教養=Bildungを高めるような人になるという目標を持っていた。(テリー・ピンカードの『ヘーゲル伝』に、Bildungをめぐるヘーゲルの悩みが詳しく書かれている。) そして、知識を国民生活の一部とするための手段として、ヘーゲルは体系を選んだのだ。
以下は加藤の論旨を発展させた考え。思うに、ヘーゲルは一個人としての国民が、同時に国家という全体像に積極的に関わるようになるにはどうすれば良いかと考えたのである。そのためには、個体でありながら、同時に全体でもありえるような何かが国民の中に存在しなければならない。それは、知識の体系である。宗教の文脈では、それは父なる神(全)、神の子キリスト(個)、そして精霊(全にして個)という三位一体である。
哲学は体系である―この見方に対して、「私は体系の構築には興味がない。私は、ある特定の問題のさらにある特定の部分に、非常に緻密に練りこまれた答えを出す」と反発する人もいる。学問の分業化である。
学問の分業化は、専門用語の量産につながる。誰も考えたことのないような細かい問題について、自分一人で悩むわけだから、新しいことを言うためにはどうしても造語が必要になるだろう。こうした細部へのこだわりは、100%悪いわけではないが、大きな問題を抱えている。こうした専門家中の専門家の残した仕事が、その他大勢の国民にとって全く読まれえないのである。
これが工学や医学における技術知ならば問題はない。技術知は、知られることに価値があるのではなく、応用されることに価値があるからである。対して、人文知は、知られることに価値がある。つまり、人文知は、それが広く知れ渡ることによってのみ、具体的な成果へとつながるのである。
もしこうした見方が適当だとすれば、人文知の中でも最も古い哲学こそ、「誰にでも読める」「全体的な」学問であるべきだ。この点を、フィヒテやヘーゲルはよく理解し、実践したのである。
ヘーゲルについて書かれた本は、ほぼ読解不能の悪文か、あるいは単純すぎて何が面白いのかわからないようなものが多い。特に前者は、ヘーゲル自身の悪文癖につられて(あるいは甘えて)、研究者自身も同じ間違いを犯しているふしがある。加藤尚武は、ヘーゲルの悪文を率直に「悪文」として批判し、ヘーゲルののこしたテキストを「密林」に喩えることによって、新鮮な指針を提示してくれた。
久しぶりに良い解説書に出会うことができた。