日本の政治家では、田中康夫氏が特に強くベーシックインカム制度を押している。ベーシックインカムとは、国民全員に現金を支給する制度。メリットとデメリットの一覧をウィキペディアの記事で読める。
基本的に、財源さえ確保できればすぐに実行してほしい制度だ。経済にまつわる社会問題のほとんどがこれで解決できるのではないかとすら思う。さきほどの記事のなかの「メリット」の中で取り上げられている問題―ブラック企業の問題、非正規雇用の問題、生活保護にまつわる差別意識の問題など―は、これ以外の方法では一体どうやって解決することができるのだろうか。
さて、これと関連して、LITERAの「売春に走る“最貧困シングルマザー” たちはなぜ生活保護を受けないのか」という記事を読んだ。売春をしても月収10万円と少しという母親が、なぜ生活保護を受けないのかが、本人たちの声を中心にして詳しく取材されている。
彼女らが生活保護を受けられない主な理由は、地元や世間の風当たりの強さである。つまり、「生活保護を受ける人は泥棒だ」という偏見が蔓延しているためなのだ。
これが、ベーシックインカムだった場合、話は全く違う。皆が平等にお金をもらえるので、「泥棒」呼ばわりされることはなくなる。また、生活保護では他の「全うな」人たちは受けていない支給を受けるための「申請」をし、場合によっては申請のプロセスで精神的なダメージを受けることもあるかもしれないが、ベーシックインカムではそれがない。
ハリー・ポッターの作者のJKローリングも、生活保護を毎月受けていたシングルマザーだった。彼女は当時の自分の心境について語ったとき、生活保護を受け取りに行くときの屈辱感や、昼間からカフェで小説を書くことで周りから感じる視線の痛さなどを回想した。
「ベーシックインカムを導入すると、働かなくてもいいと思う若者が増える」などという批判もあるみたいだ。しかし、実態はむしろ逆だと思う。セーフティーネットがないと、若者はどんな仕事でも引き受けざるをえないので、結果としてうつ病や自律神経失調症などにかかり、意欲以前に、健康面で労働不可能な状態になってしまう。また、働いても働いても生活が保障されず、貯金も大してたまらず、新たな能力が身につくわけでもない―そんな状況で、果たして労働意欲は湧くだろうか。やはりさきほどの記事の「メリット」の一覧に書いてあるが、ベーシックインカムによって生活が保障されれば、むしろ無理な労働をする必要がなくなり、自分のしたい仕事を積極的にすることができるようになるので、若者の労働意欲は上がるのではないか。
それでも、「生活保護を受けている人は泥棒だ」「ベーシックインカムを導入すれば働かない若者が増える」という考えは根強い。それはなぜかというと、私たちは「労働によって収入を得ていない人=単なる消費者」という図式でこうした個人をみているからだ。
だが、なぜこういう図式を前提としなければいけないのか。例えば、ローリング氏のような人も、「泥棒」「単なる消費者」なのか。むしろ、彼女のような立場にいないとできないこと―すばらしい小説を書くことなど―もあるのではないか。逆に、かなりの金額の収入があっても、家族との関係がつくれず、仕事場でも周りを苦しめている人はいるのではないか。そんな人と、ローリング氏と、果たしてどちらが優れているのか。
ベーシックインカム制度の思想的な利点は、こうした「単なる消費者」という人間理解を改める点にある。生活は保障されるのが当たり前。そして、生活が保障されれば、人は消費以外にもっと意義のあることをするだろう。
もちろん、マルクスが『資本論』第二巻で述べているように、資本主義では労働者の「動物的精神」を呼び覚まし、消費を喚起し、過剰な欲望を維持することが不可欠となっている。「消費」とは飲食や旅行のみならず、借金なども含まれる。また、「過剰な欲望」も、やはり飲食や衣服、旅行などに限らず、「一生の安全」といった心理的なものも含まれる。(「一生安泰」などという状態を欲するのは明らかに望みすぎなので、これは過剰な欲望だ。) それなりの食事ができていて、暖がとれていれば、旅行にいけなくてもいいし、大きな家に住めなくてもいい。そして、数ヶ月の間生活できるだけのたくわえがあれば、それ以上は望まない。あとはなるようになるだろう。―こうした考えを持った個人は、資本主義の敵であり、排除すべき対象となる。
生活保護受給者やベーシックインカム制度などへの風当たりが強くなる背景には、資本主義のこうした論理が働いている。日本の今の家族形態やその問題点などを考える上では、資本主義の分析は避けられない。デイヴィッド・ハーヴィーが優れた講義をYouTubeにアップしている。マルクスも毛嫌いされる思想家の一人だが、言っていることは冷静で真っ当だと思う。
とはいえ、先日ギリシアで勝利したスィリザはベーシックインカムを支持する政党の一つだ。こうした政党が権力を持ち、こうした制度を強く導入していけば、マルクスやハーヴィーなどもより具体的に良い影響を持ち始めるかもしれない。
とはいえ、先日ギリシアで勝利したスィリザはベーシックインカムを支持する政党の一つだ。こうした政党が権力を持ち、こうした制度を強く導入していけば、マルクスやハーヴィーなどもより具体的に良い影響を持ち始めるかもしれない。